マイナス43度!!
シベリアはこんなもんじゃないらしいですが・・
まず、
-10度。かるーい感じ。爽快!「気持ちいい!!」
-15度。「今日は楽だなあ・・!」
-20度。「ちょっと冷えるな?」
-25度。「ひえる、というより冷たい!痛い!」
-30度 「うわっこれはなかなか!!なめたらやばいぞっ!!」
-35度 「~っ!Perkele!!?★」
-40度 ・・・・・・・・・・・!
風のある日は-20度でも顔を出していられません。目だし帽で謎のマスクマンスタイルで無いと日本人には耐えられません。(最も、そんなあやしい風体の現地人はおりませんが。アイスフィッシングの人くらい?)
まず耳、ほほが、ビリビリと激しく痛みます。
また風の無い日も要注意で、つい快適なものだから油断をし、気がついたら凍傷になっていたりするようです。鼻、耳、指先からやられます。現に顔や指の一部が欠損したアル中のおっちゃんを何人か見ました。
私もある日、帽子をかぶっておらず、現地の作家さんに注意を受けてしまいました。知識としてわかってはいても、我々からすれば、心配してたほど寒くない、気持ちいいくらいだ!と感じられます。「-30とか言っても意外と大丈夫!!」と、無意識に自分の常識感覚を持ち出して判断してしまうのです。そのうち重装備でここへ来た当初の自分がとても大げさな姿に思え、慣れたつもりでナメてしまうのです。
-30は、-30。「大丈夫大丈夫!!」は一番危険なのです。
もっともその後・・この近辺がー43度にまで下がるとは、そのときは想像できませんでしたが・・
ある日、夕日を見てぎょっとしました。「なんだあれっ!!」また急ぎ足で湖へ向かいました!!重い撮影機材がゆっさゆっさ、腰で激しく揺れます。
しかし刻々と光は変化していきます。本能的に「ありゃ、俺には撮れないわ・・・」と感じました。第一、撮影場所までの10分間、あの光は持たない。
空は白いのにもかかわらず、地平の付近だけ、赤い熱の塊のようなものが燃えています。ゆらゆらと揺れる、赤ワインの表面を強い夕日越しに見ているような濃密な赤、です。 明らかに異様な存在、です。
次にするべきことを考えながら、三脚の脚を伸ばしつつ、凍った湖面を急ぎました。まだかろうじて赤い光は残っています。でも、発見した時よりかなり薄くなっています。あせる気持ちを押し殺して、カメラの諸設定を確認。分厚い二重のグローブが本当にもどかしい。
シャッターを切り始めてしばらく、??なんだこれはっ!!
曇り止めをしっかり効かせたはずのファインダーが凍りつき、いきなり見えなくなったのです。
あわててうっかり、カメラの方に息がかかってしまい、さらにファインダーは真っ白に!それどころか金属製のカメラまでもが、真っ白に凍りついて、分厚く霜が張っているのです。
グローブの指先でアイピースをこすりますが、氷は解けるはずも無く、やむなく素手で溶かしてなんとか覗き込みました。すると今度は見たことの無いようなファインダー表示が見えています。スクリーン上の透過性の液晶が意味不明な表示をしているのです。「??クロップ?なんで今?測距点?MFなのに?シャッター速??、なに~っ!!」
頭の中が「?」だらけになったそのとき、激しい痛みが眼の周りを襲いました。白く凍ったカメラの金属が、頬に張り付いているのです。ビリッビリッと痛みます。
タフなはずのカメラが完全に低温でやられてしまっています!
とりあえず、設定確認もままならぬまま、シャッターが切れるときだけとにかく切る、しかありませんでした。
5分ほどしたでしょうか、ついに全くカメラが動かなくなってしまいました。なんと、さっき入れたばかりのバッテリーがものの15分でカラに!
「ちょっと勘弁してくれ~!!」
懐で温めていた替えバッテリーを詰め替えなければなりませんが、厚いグローブだと指先が利かないので、一瞬だけグローブをぬぎます。
インナーグローブはつけていますが、薄いものですからそう長くは作業できません。また、グローブをはめ直しても、温かいか?というと、逆なのです。外気で冷やされきったグローブは容赦なく指先を凍らせます。
そんなときは、グローブの中で指を少し抜き、グローブの手のひらの部分でぎゅっとこぶしを握ります。大きなグローブのなか、素手でグーの状態にするのです。そうすると、一番はやく指先を温めることができます。
ちなみに私は日本でグローブをさんざ選びましたが、購入したのはノースフェイスの最上級のもの。インナーはラップランドでシルクのものを入手しました。
しかし、グローブについては一番反省点が多いです。靴同様、意外と個人差の大きいギアで、なおかつ重要なものです。
ぴったりとフィットするものは、すぐに冷え込んできて使い物になりません。しかし、ゆったりしすぎでは、操作性が悪い。機材をいろいろと扱うフィールドワークには、その両立が求められます。
インナーは良いものを見つけたら、意外にもシルクだった、と言う感じです。しかしでかいノースフェイスが私の手にはダメでした。操作性が悪く、でかい割りに保温性が悪い。
グローブは時間をかけて慎重に選びたいもののひとつです。今なら質の良いゴアテックスのミトンと、天然素材のインナーを選ぶでしょう。
大事なことは『アウトドアスポーツウェアとして最高のものが、極寒地でのフィールドワークに向くとは限らない。』ということ。
世界最高峰の山を登頂できる超高価なギアと、ただただ寒い中での地道な作業に適するギアとは、別物なのです。
ちなみに買って本当に良かったのは、ソレルのブーツ、”カリブー”。
こだわって選んだブーツでまちがいがありませんでした。おまけに安い。ウールの底敷もダブルにして使用。やや大きめ、がベスト。トレッキングブーツのようにフィットするものは、血行を悪くし、すぐに足を凍らせます。
バッテリーを交換しましたが、その後またすぐにそれも切れてしまいました。
予測できたことでしたので、先に切れたバッテリーをポケットの中で素手で握って暖めていました。詰め直すとバッテリー70%の表示。一時的に回復するのです。
それも時間の問題。すぐさまもう一方のバッテリーを握って暖めます。手の熱が瞬く間に、冷えたバッテリーに吸い取られていくのが分かります。
まるで、私の熱エネルギーで、カメラを動かしているような気持ちになってきました。いや、実際そのとおりなのです。
あくまで「道具」だったカメラが、大切な「同志」になった気がして、「がんばれ!あともう少しだ!!」と祈るように励ましてしまいました。
こうなって来ると、うまく撮れているかどうかなんて問題ではありません! ピントも勘。シャッター速度も絞りも、感度も、カメラ内部で電気的にどう言う判断をしているのか、全く分かりません。「同志」のメカニカルな部分が動く限り、シャッターを切る。
なんとかこの「行為」自体に意味を見出すしかありません!!(?)
しかし、限界は早く、私は「同志」共々、這這の体で逃げ帰りました。英語で関節のことをjointと言いますが、凍りついた私の膝は、まさにjointにすぎない感じでした。
湖面に響き渡る氷の割れる轟音。心配はない、と聞いてはいても、やはり生きた心地がしない。
風のある厳しい日でした。気温はマイナス37度・・・強風はとても危険。
数日前にも、帰る事を考えずフィールドワークに出て、帰り着くまでに「死ぬんじゃないか」と、恐怖を味わったばかりというのに反省の無い毎日です。「ここでやめれるか!」という思いが、ついフィールドワークに無理をさせてしまいます。限界までねばってしまい、作業を終える頃には帰り道のことを忘れてしまうのです。
探検家なら失格です。良い探険家は「臆病なもの」と言います。私は勇敢ではありませんが、集中しだすと周りが見えなくなります。改めて、極限の地では、バランス感覚が大切だと知りました。
そして家に帰ってすぐにサウナで体を温め、ゆっくりと自身を解凍しました。「同志」も一緒に解凍してやりたいところですが、そうすれば彼は本当に帰ってこれなくなっていたことでしょう。
マイナス37度から、プラス90度。その差約130度!! いったいどう言うことなのか??感覚が麻痺します。
バッグにいれたまま、半日室温で解凍された「同志」は、何事も無かったように快調に復活しました。
日本を発つ前、ニコンで精密なチェックとメンテナンスを受けてサラブレッドのように出国したカメラたちですが、いまや早くも「農耕馬」の趣。丁寧に扱っているのですが、環境的に厳し過ぎます。
ニコンの担当者も「ああ~、マイナス30℃・・・どうなんでしょうね~、いやっ、ダメですね!!」と苦笑い。オーロラ専門のカメラマンなどは、それなりの限定した扱いが身についているものですが、私は何を撮る事になるか分からないですし、彼らとは比較にならないほど非常に長時間フィールドワークをしますから・・
ちなみにギア、といえば腕時計、Gショックで、マイナス10度、特別仕様でマイナス20度、が最低保障気温。実際、マイナス25度くらいで、液晶が、消え入りそうになり、秒をカウントする点滅がやたら緩慢に。それでも翌日は元気なものですが。
案の定、必死に撮った写真は、その絶景を記録するには至りませんでした。
露出があっているのが奇跡、という程度のものです。
オーロラより、ずっと衝撃的な情景でした。
後になって思い返しても、この冬一度きりの奇景でした。
開き直り、では無いのですが、
「撮れなかった一枚」
つかめなかった一瞬。私は本当にそれを大切に思っています。
「うまく掴めて大満足」と言う結果には、なにか隙が潜んでいる気がします。
経験不足ゆえに手にできなかった一瞬はいつまでも心に残ります。そして新たな工夫や、発想を広げてくれます。
「“撮れなかった!”で、プロがつとまるか!!」と笑われるかもしれませんが
「おれ、写真、プロちゃうから。」
地獄のような空は、すぐに消え去ってしまいました。