夏が近づいてきました。オッリさんのお宅は展覧会場として一般に解放されます。そろそろわたしは快適なオッリさんのギャラリーを離れなければなりません。一冬の優雅なギャラリー暮らしも終わりです。
とは言え、地元のことはすべて、オッリさん頼み。近所の友人の空き家を借りてくださいました。それがまさか、あのすてきな赤い家だなんて!!
母屋。ここにひと月住めるなんて! フィンランドの湖畔の小高い丘の上の赤いおうち。一軒家に思うように住めるなんて、夢があることだなあとしみじみ・・・
冬の間中、遠目に眺めていた、美しい赤い家。(雪が深くて近づけんかった)
しかし、間近で見ると結構古い家であることが分かりました。
「あの家は、長く誰も住んでないよ・・・Rさんのお母さんがいなくなってからねぇ・・・」
遠い日の出来事を見つめるような眼差しで、レエナさんは言いました。私には、その表情は決して穏やかではないように感じられたのです。
きっとそのお母さんは、この部屋で湖を眺めながらお亡くなりになったんだろうな、このベッドに身を預けて・・・わたしはそう思いました。
ここはフィンランドですが、わたしの海外活動の元となった、ムンクの作品そっくりな室内の情感に特別な、なんとも言い難い雰囲気を感じました。
「病室の死」「死んだ母とその子」・・・次々と名作のもつ臨場感が心に肌身に染み込んでくるようでした。大きな窓から無音で降ってくるような、うすい灰色の夕陽を浴びながら・・・
そのとき、壁の向こうから聞こえるかすかな物音にわたしは気付いていませんでした。